今から17年近く前に 地震学者石橋克彦氏の「大地動乱の時代」という本が岩波新書から出版されました。この本が出て4か月余りあとの1995.1.17に阪神・淡路大震災が起きたので当時大分話題になりました。今回の東日本大震災を機にもう一度この本を読み返してみましたが、今読んでも少しも色あせていません。17年前の警告どおり、日本列島は正に大地動乱に見舞われています。 (理事 村瀬光正)
この本は、幕末に始まった大地震活動期は1923年の関東大震災をもって終わり、その後70年間「静穏期」が訪れていたが、間もなく再び「大地動乱の時代」を迎えることは確実で、東海大地震と首都圏直下地震発生が切迫していると警告していました。
幸い、いずれもまだ起きていませんが、その後列島各地でM7クラス以上の地震が頻発し、2011年3月には有史以来最大級の東日本大地震(M9.0)が発生しました。
(20世紀以降に起きた主な地震災害については伊藤和明著「日本の地震災害」岩波新書、津波に関しては河田恵昭著「津波災害」岩波新書参照)。
巨大地震はプレートテクトニクス理論(1968年発表)で説明される。
日本列島は、東日本が北アメリカプレート、西日本がユーラシアプレートの上に位置し、東日本には太平洋プレート、西日本にはフィリピン海プレートが沈み込んでおり、プレート境界域で周期的に巨大地震が発生してきた。過去の記録をひも解くと、この巨大地震は繰り返し発生している。東日本大地震に引き続き、現在東海地震の発生の可能性が高まっており、その発生確率は30年以内87%と予測されている(政府地震調査推進本部)。
駿河湾では「ユーラシア」の下に「フィリピン海」が沈み込み、その下に「太平洋プレート」が沈み込んでいる。プレートが三重に重なっている世界でも珍しい巨大地震多発地域である。駿河トラフから西方に南海トラフが連なっている。南海トラフは東南海、南海地震の震源域である。東海と南海地震は過去幾たびとなく連動して起きている。1700年以降では、1707年の宝永地震(M8.4)、1854年(M8.4)の安政地震は有名である。1946年の昭和南海地震(M8.0)のときには東海地震は起きていないので、この地域には安政以来157年間の地震エネルギーがたまっているとみられる。東海地震に東南海、南海が連動するとM9クラスの巨大地震となる可能性がある。
首都圏直下型大地震発生の可能性はどうか。過去の記録をさかのぼると、1625年慶長江戸地震(M6.3~6.8)、1649年慶安地震(M7.0)、1703年元禄地震(M7.9~8.2)1855年安政江戸地震(M7.0)、1894年明治東京地震(M7.0)、1923年大正関東地震(M7.9)などが起きている。元禄、大正関東はM8クラスのプレート境界型の大地震である。このタイプの地震は200~400年の周期で繰り返し発生してきたと考えられる。1923年から90年足らず、したがってまだエネルギーは十分にはたまっていない。想定されているのは、震源地や規模の異なる18のタイプで、そのなかで最も被害が大きくなると考えられているのは「東京湾北部地震」(M7.3)である。震源はフィリピン海プレートと陸プレートの境界に設定されている。地震発生時の条件にもよるが、最悪の場合、死者1万人超、焼失する建物約85万棟、被害の規模は100兆円を超えると予想される。
(「首都圏直下地震による東京の被害想定報告書」東京都防災ホームページ、大特集「原発と大震災」ニュートン6月号参照)
いま最もこわいのは、地震・大津波による原子力発電所の巨大事故である。地震国の日本では、これまでにも柏崎、浜岡原子力発電所などが地震による被害を受けているが、幸い原子炉の緊急自動停止で事なきを得てきた。「止める」、「冷やす」「、閉じ込める」ことで安全神話を何とか守ってきたのだが、今回の福島事故でこの神話は破綻した。
日本は米国、フランスに次ぐ世界第3位の原発大国である。福島原発事故の影響はきわめて甚大であり、多方面に及んでいる。「日本の原子力依存度は国際的にみて必ずしも高いわけではない」(日本エネルギー経済研究所 十市勉氏 日経「経済教室」)とする見方もあるが、日本の国土の狭さ、人口密度の高さ、原発54基すべてが軟弱な地盤である海岸に立地、全国いたるところに活断層が走っているうえ、太平洋側は陸プレートの下に海プレートが沈み込んでいる世界有数の大地震・津波国である、などを考えると「原発のリスクは国際的にみてきわめて高い」。福島原発の事故は国のエネルギー政策の根幹を揺るがしかねない問題である。菅首相は5月18日、運転を停止している原発に関し「安全性が確認されれば稼動を認めていく」、「原子力のより安全な活用の方向性が見出せるなら、原子力をさらに活用していく」と語っているが、その「安全」がいま問われている。
地震・津波による大規模な原発事故は世界的にみても福島が始めてであるが、原発の事故原因は地震・津波だけではない。1979年米国のスリーマイル島原発事故、1986年ソ連のチェルノブイリ原発事故、そして1999年日本の東海村で起きたJCO社のウラン加工施設の臨界事故はいずれも人為的ミスによる人災である。ほかにも大型台風、テロリストの攻撃、航空機墜落事故などによる被災も確率ゼロではない。
さらに、放射能の汚染リスクは原子炉だけにあるのではない。使用済み核燃料由来のリスクがある。福島原発の事故で国民の多くは原子炉建屋内に使用済み核燃料一時貯蔵プールの存在を知った。使用済み核燃料は単なる燃えカスではない。危険な放射性廃棄物である。
超長期にわたり放射能を出し続ける。したがって、厳重な保管・管理が必要である。この使用済み核燃料は原発サイト内の巨大なプールで2~3年冷却されたあと六ヶ所村に移送され、再処理工場でウラン・プルトニウムと高レベル廃棄物に分離される。この高レベル廃棄物はガラス固化され地下300米より深いところに埋めて300-500年間管理する計画だが、地元の反対等で最終処分場はいまだ決まっていない。「廃棄物処理」、「廃炉技術」、そして「大規模事故時の対応」この三つに対する展望を持たぬまま、日本の原発はスタートした(田中三彦「原発はなぜ危険か」岩波新書、1990年第1刷)。この指摘から20年たっているが、何も変わっていない。
地球温暖化と放射能汚染とどちらがこわいのか。世界唯一の被爆国である日本国民なら誰しも、放射能の方がこわいと答えると思う。2020年までに1990年比で温暖化ガスを25%削減するという国際公約(鳩山前首相、2009年9月国連総会)の実現に向けて、日本は昨年6月にエネルギー基本計画を策定し原子力発電に軸足を移した。2030年までに原子力発電所を14基以上新増設し、設備利用率は90%(2009年65%)に高める目標を掲げた。発電量の原子力依存度は50%にするという計画である。国際公約はもちろん大事だが、福島原発事故で安全神話が音を立てて崩れてしまった今、日本はこれから原発にどう向き合っていくのか。国民的な議論が必要になっている。
小生の考えは以下の通りである。
1.脱原発(=原発全廃)は現実的ではないが、原発の新増設は原則すべて凍結する
(地元の反対運動が強まり、現実問題としてストップせざるを得なくなるだろう)。
既存の原発はこの際、徹底的に安全性を再点検する。基準に満たないものは運転を中止する。その審査は厳正中立の機関が行なう。原発反対派もメンバーに加える。
供給不足と電力コストの上昇への対応が必要となる。
2.昨年策定された「エネルギー基本政策」は抜本的に見直す。原発への依存度を出来るだけ抑制する一方、LNG,新エネルギーの利用拡大を図る。2020年までに温暖化ガス25%削減目標の旗は降ろさない。極力努力するが、プライオリティは放射能汚染防止にある。
3.石油・石炭に比べて炭酸ガス排出量の少ない天然ガス(LNG)の増量・安定確保に努める。生産技術の革新によりシェールガスが経済的に生産できるようになった。
LNGに関しても、巨大洋上液化設備の建設が始まった。沖合ガス田から陸地までの
パイプラインが不要になり、これまで経済的に開発が難しかったところでも開発可能になる。天然ガスの供給力は飛躍的に高まると予想される。
発電効率の高い最新型のガスタービン発電(コンバインドサイクル)、燃料電池(コジェネレーションシステム)などの普及促進を図る。
4.再生可能な自然エネルギーの開発に総力を挙げて取り組む。太陽光発電のコストはまだ高いが、種々の助成策により本格導入が進み始めた。将来的には技術革新の余地は大きく、コストは大幅に下がる可能性が大きい。新エネルギーとして十分期待できる。
5.電力会社の経営、業界の体制を抜本的に見直す。地域独占、発送電分離、電力市場の自由化促進、料金体系のあり方(累進料率制)、スマートグリッドの導入、電源の多様化・分散化など検討すべき課題は多い。
6.電力コストの増大は避けられないであろう。徹底的な経営合理化を大前提とした上で、電力料金の値上げを行なう。需要抑制策としても有効である。
(参考)コンサルティング会社A・Tカーニーは、電力需要4%減少などいくつかの前提条件のもとに、2020年の電力料金を試算している。それによると、新増設の停止に加え、①国内54基の原発をすべて停止すると、2020年の1KW時当り発電コストは70%増となる、②稼動から40年以上の原発を止めると、20年時点の原発稼動数は37基に減少する。設備利用率65%とすると、発電コストは48%増になる、③同じ稼動数で利用率を85%まで高めると、発電コストは5%増にとどまる(日経記事参照)。
7.東電の賠償金は長期にわたり料金に上乗せして回収する。東電の電力料金は他の電力会社より割高になる。東京一極集中に歯止めがかかり、地方分散化が進む。
8.省電力、省エネルギーを更に徹底する。新技術、新製品の開発だけではなく、日本人の電力多消費型のライフスタイルを変える必要がある。
(参考)2000年度を100とすると、2009年度のGDP(実質)104.1、
最終エネルギー消費90.1、うち電力消費98.9(家庭部門111.0、
業務部門1111.0、産業部門80.0)。
50年ほど前、証券アナリストとして最初に担当したのは石油、石炭、電力・ガス業界でした。石油は供給過剰でバーレル2ドルをきり、石炭は斜陽化、炭鉱の閉山が相次いでいました。その頃、原子力発電の商用化への本格的な取り組みが始まり、1964年には東京電力の福島第一原子力発電所の用地買収交渉が開始され、1971年3月に営業運転を開始しました。日本の原発の黎明期でした。
いま、複雑な思いでその時代を想い起こしています。