時は享保年間(1716~36)、八代将軍徳川吉宗は傾いた幕府の権威と財政を再建するため、倹約と増収策を柱とした「改革」を行った。はなやかな元禄時代の影響でぜいたくになっていた武士・町人の生活を引き締め、厳しい倹約令を出し質素な生活を命じた。一方、農政の安定策として五公五民に年貢を引上げ、豊凶に関わらず一定額の年貢を徴収する定免法を採用、大名には江戸参勤を半減する代わりに百分の一の上米を命じた。増税策によって幕府の財政は改善したが、年貢に耐えかねた百姓の逃散・一揆が頻発し、武士・町人の生活は困窮、町の雰囲気は暗く、文化も後退した。 (理事 早川成信)
これに対し、尾張藩七代藩主徳川宗春は、自身の著書『温知政要』に示すとおり、「行き過ぎた倹約はかえって庶民を苦しめる結果になる」、「規制を増やしても違反者を増やすのみ」などの主張を掲げ、名古屋城下に芝居小屋や遊郭を誘致、祭礼も派手なものに復活させるなど商業活動の活発化を図った。吉宗の倹約経済政策に自由経済政策理論をもって盾突いたのである。結果は、倹約令で停滞していた名古屋の街は活気を取り戻し、その繁栄ぶりは「名古屋の繁華に京(興)がさめた」とまで云われ、また宗春の治世の間、尾張藩ではひとりの処刑者も出さなかったとも云われた。
未曾有の大震災と全く見通しがつかない原子力発電所の事故で、日本経済はすっかり「縮込まって」しまった。被災地である岩手県(07年名目GDP4.5兆円=全国の0.9%)、宮城県(8.3兆円=1.7%)、福島県(7.8兆円=1.6%)、茨城県(11.6兆円=2.3%・・・何故か茨城県の被災状況は軽く扱われているようだ。水戸出身の筆者としては大いに不本意である)および青森県(4.6兆円=0.9%)千葉県(19.7兆円=3.9%)の一部の経済が壊滅的状況にある。加えて、これらの地域で生産されていた重要な部品・素材の生産ストップで、自動車・電子機器・事務機器や紙・インキなどの生産に支障をきたしている。輸出への影響が心配される。更に、非被災地でも不安心理が蔓延し消費活動は全く低迷してしまった。
多くのエコノミストの四半期別の実質成長率予測は、本年1~3月期0~▲1%、4~6月期▲2~▲5%、7~9月期0~▲3%、10~12月期3~8%というものだが、部品・素材の生産再開のメド、夏に予想される電力不足の影響、原発事故の影響などは十分には織り込まれておらず、復旧・復興活動が本格化する年後半までは厳しい景気後退を覚悟しておいた方が良さそうだ。
こんな時期、経済を下支えするのは、非被災地の消費活動と企業の積極的な投資活動である。
企業は今回の震災で部品・素材の調達経路(サプライチェーン)の再建を行わなければならなくなった。「海外へ」という選択肢もあろうが、ここは長期的・戦略的に考えて欲しい。日本における部品・素材の生産縮小がアジア・米国にまで連鎖しているのは何故だろうか?それは「ものつくり日本の匠の技」・「産業集積」が他に追随を許さないものである証左ではないだろうか。そうだとするなら、競争力の源泉(コア・コンピテンス)の部分を他に開放すべきではない。技術移転のリスク、進出国の政治リスク、合弁解消リスク(ホンダのインドでの合弁解消が良い例)などは既に経験済みである。ここはむしろ、国内での調達先の多極化に取り組むべきではないだろうか。ジャスト・イン・タイムの良さを修正しながら、新しいロジステックス・生産技術・産業モデルなどを作り上げてもらいたい。
個人も縮込む必要はない。むしろ消費を増やして欲しい。これまで通りモノ(出来れば被災地のモノ)を買い、旅行をし(非被災地の旅館・ホテルも危機に瀕してる)、他山の石として家の耐震補強・電気水対策をし、来るべき電力不足に備えた省エネ機器を購入して欲しい。幸か不幸か、会社勤務も節電のため早めに終了している。家庭団欒の良い機会だ。
政府は投資・消費を促進するような政策、例えば、設備投資減税・住宅減税・エコ減税・雇用促進減税などを行うべきである。膨大な復旧復興資金の手当ても大事だが、どうせ黙っていても税収は落ちる。ここは景気刺激策を打ち出し、日本経済の下支えしたほうが、結局は税収の落ち込みを少なくするだろう。「損して得とれ」ということだ。
今は春、どんよりとした閉塞感を打ち払い、明るさを取り戻し、せめて非被災地では、盛大に投資・消費をしよう。