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円高を考える

1995年の超円高時を振り返り、歴史のアナロジーを探る。

(理事 村瀬光正)

円・ドル相場の推移
 1990年4月   160円35銭 1990年以降の最安値
 1994年 終値   99円83銭
 1995年4月19日 79円75銭 史上最高値
      9月安値 104円70銭 年間安値
 1998年8月安値 147円64銭 1991年以降の最安値
 2007年6月安値 124円14銭 年間安値
 2009年 終値   92円12銭

時代的背景
 1992-1994年度 戦後初めて3年連続ゼロ成長 (旧統計)
 1993年6月 宮沢内閣不信任案可決 、新生党、新党さきがけ結成
      7月 総選挙―自民党過半数割れ、宮沢首相退陣表明
      8月 非自民7党1会派の細川政権誕生(藤井蔵相)、
         9か月弱の短命内閣(=鳩山内閣)
 1994年2月 総合経済対策 総額15兆2500億円(過去最大)
      4月 細川退陣→羽田内閣発足 
      6月 村山内閣発足(自民、社会、さきがけ3党連立) 
         日経平均 年間高値 21,552円81銭 
 1995年1月 阪神大震災
      3月 地下鉄サリン事件
      4月 円最高値 、公定歩合 1.75%→1.0%に引下げ
         ワシントンG7声明「秩序ある形で反転させることが
         望ましい」とドル安是正を表明
      7月 日経平均14,485円41銭 1992年8月以来の安値
         日米同時金融緩和・為替協調介入(七夕介入)
      9月 公定歩合1.0%→0.5%に引下げ
         追加財政出動14兆円(内、公共事業費8兆円)
     12月 「住専処理案」発表(1996年6月 金融3法成立)
          日経平均 終値19,868円
 1996年1月 橋本内閣成立 
      6月 日経平均 1992年1月以来の高値 22,666円80銭
      9月 (旧)民主党結成 
 1997年4月 消費税 5%に引き上げ(3→5%)
 1997-1998年 金融危機 山一、拓銀、長銀、日債銀等の経営破綻

日米関係
 1993年1月 クリントン政権成立 対日強硬策、円高誘導
 1995年6月 日米自動車交渉合意 橋本通産相、通商代表部カンター)
 1995年7月 日米金融当局 金融・為替合意(榊原・サマーズ)
         協調利下げ及び円売り・ドル買いの協調為替介入
 1996年4月 日米政府 沖縄普天間基地「5年ないし7年以内に
        全面返還」と発表

 現在の局面は、経済(景気、金融、財政)、株式市場、円相場、政治情勢等、
 15年前の1995年とかなり類似点が多い。
 しかし、一方で相違点も大きい。今後は相違点のほうが重要である。
 ①15年前の金融、財政にはまだ多少なりともゆとりがあった。4月、9月
  と二度にわたり公定歩合を引下げ(1.75%→0.5%)、9月には
  14兆円の追加財政出動が行なわれた。
 ②円の水準は実質実効為替レートから見て、かなり円高に振れていた。
 ③日米関係も15年前は今と大きく異なる。1993年に成立したクリントン政
  権は当初、貿易、為替政策面で対日強硬路線をとっていたが、基本的には
  「強いドルは米国の国益」(ルービン財務長官)。1995年6月に難行して
  いた日米自動車交渉が妥結し(橋本通産大臣、米通商代表部カンター代表)、
  7月には金融・為替面でも合意が成立、日米協調利下げおよび円売り・ドル
  買いの協調介入が行なわれた(榊原、サマーズ)。
  15年前には、上記の円高対策、日米関係の好転が功を奏し、円は1995年
  4月19日に79円75銭の史上最高値をつけた後、9月には一時105円近く
  まで下げた。流れとしては、この後も円安は続き、1998年8月には147円を
  つける。

  いまはどうか。
 ・金融、財政ともにまったくと言ってよいほど余裕がない。15年前と比べて、
  財政はさらに一段と悪化、財政再建は喫緊の課題になっている。財政出動の
  余地は乏しい。金利の下げ余地もない。金融を緩和しても効かない。打つ手
  無しの状況にある。
 ・円の水準はどうか。ドルとの比較感では、確かに15年前の史上最高値を更新
  するいきおいだが、内外のインフレ格差を考慮した実質実効為替レートで見
  ると、15年前の水準をまだかなり下回っている。
 ・米国の立場も変わっている。いまのオバマ政権は基本的には輸出拡大(倍増)
  を目指しており、ドル安容認の立場である。日米の協調介入の可能性は低い。
  やるとすれば日本の単独介入になる。やらないよりましと言う世論に押され、
  いずれ日本単独の為替介入を行なうことになろうが、その効果は余り期待で
  きそうもない。スイスの為替介入も効果は上がっていない。
 ・政治も不安定である。9月14日の代表選挙で安定化することはない。新たな
  混乱の始まりになるだろう。

 ドル、ユーロ安の流れの中で、いまやゼロ金利の円は世界の安全・安心通貨に
 なっている。中国も日本の1%割れの国債を購入している。多少の介入では一時
 的に円高の動きを抑制することは出来ても、円安の方向に大きく流れを変えるの
 は容易ではないだろう。米国、ユーロ経済圏の景気回復が鮮明になれば、円高の
 流れは止まるかもしれないが、それはまだ見えない。

(参考)
政界の動き
1992年   日本新党結成 (細川護熙)
1993年 6月 新生党(羽田、小沢等)および新党さきがけ結成(武村等)
      8月 細川連立政権成立 非自民、非共産8党派(日本新党、新生
         新党さきがけ、公明党、社会党、民社党、社民連,民改連。)
1994年 4月 細川内閣総辞職 →羽田内閣成立
      6月 羽田内閣総辞職 
         村山内閣成立(自民、社会、さきがけ3党連立)
     12月 新進党結成(新生党、公明党、日本新党、民社党,自由改革連合)
         党首羽田
1995年12月 新進党 党首選 羽田vs.小沢の対決 →小沢党首
1996年 1月 村山辞任→橋本内閣成立
      9月 民主党結成
1997年12月 新進党解党→自由党、改革クラブなど6党に分裂
1998年 4月 新・民主党結成(旧民主党に民政党、新党友愛などが合流)
2003年 9月 小沢氏率いる自由党が民主党に合流
     11月 総選挙で民主大躍進 177議席獲得

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