ゴルフ仲間に大手建設会社の営業マンとして辣腕を振るったOさんがいる。定年退職後、アパート経営に取り組んでいたがこのところ浮かぬ顔をしている。訊いてみると、新築でありながら賃貸用2階建て6室のうちわずか1室しか入居者がいないという。国交省の調べによると(平成18年度、首都圏)、賃貸住宅入居時の年齢別構成は30歳未満で42%、30代で33%だから20代、30代の単身や若い夫婦が最大の顧客である。そうした世代の変化してきた意識や価値観といったものも知らないまま、間取り・水周りや内装外壁、建物全体の輪郭それに賃料等今までの経験や知見でよし、とするのはまずいと思い、次にプレーした後の酒の肴にでもしようと思って少々下調べしてみたのである。 (理事 加藤祚久)
この世代には3つの「離れ」傾向があるようにみえる。
①ブランド離れ。例えば、輸入高級衣料品・服飾雑貨などの市場規模は08年にマイナス10.2%と大きく縮小したあと09年はさらに7%近く縮小して1兆円を下回った、と推計されている(矢野経済研究所)。2000年代に入ってのピーク01年比では75%の水準にまで縮小。一因として、しばしば指摘されるのが30代以下世代のブランド離れだ。
②クルマ離れ。自動車工業会では購入期を迎える世代(大学生)に34にのぼる製品・サービスを挙げて彼らの関心度合いを尋ねてみたところ、クルマへの関心はいまや17番目に落ちてしまった。以前の大学生(現在40-50歳台)では第7位であったのに。そして、親のクルマ(共用車)を使う若者が増えているのである。
③海外旅行離れ。全体でも09年に向け3年続けて減少(出国者数)した。ピークである00年比86%水準である。特に、20代が不活発で09年の263万人(シェア17%)は06年に比べてマイナス11.5%。第2次ベビーブーマー世代が30歳台になった関係もあろうが、20代人口に対する出国者数比率でみても18.2%と8,9年前の23%とは大きな差がある。
①有名ブランドよりも仲間とは差別できるファションをより良しとし、②実利が約束されれば保有よりも借用を選ぶ。③リアルタイム情報が与える臨場感があればわざわざ実地に行かなくてもいいじゃないか、と考える。バブル経済崩壊後、イケイケドンドンといった好景気を実感することはなかったけれど、反面さまざまなIT機器に豊かに囲まれて育った世代なのだと、そう言えそうである。
「離れ」傾向を強めている要因に、こうした世代が将来への家計収支面の不安を強く抱いていることを忘れるわけにはいかない。07年実績だが、1世帯当たりの平均所得が556万円までに下がり、これは19年ぶりの低水準という厚生労働省の統計は衝撃的だった。年代別に前年比でみると、若年層の世帯所得は横ばいが維持されているものの、30代から始まって働き盛りの50代へとマイナス幅が拡大している。若年世代は親世代の所得の悪環境を目の当たりにして自らの家計面にあっても将来の不安感を高めているのではないかと推測できる。
Oさんが賃貸住宅顧客の中心をどのような世帯類型においているのかはまだ訊いていないが、働き世代の所得減は首都圏の大学に進学した子供たちへの仕送り額減少にと直結することも伝えておきたい。入学後出費が落ち着く6月以降の仕送り額(月平均)を調べた東京私大教職員連合によると、09年は93,200円で00年の119,300円から年々下げ足を速めた結果である。08年の月家賃59,500円は04年の61,300円からは下がっているけれども00年の59,600円とほぼ同水準。仕送り額が大きく低下しているなか、賃料水準は保たれよく健闘している。ただ、仕送り額に占める家賃の割合は64%弱にまで上昇しているので、学生向け賃貸一つとっても賃料を取り巻く環境は非常に悪化していることを指摘し理解してもらおうと思っている。
新入社員のタイプを毎年まとめている日本生産性本部によれば、09年4月入社の若者たちは「エコパック型」、環境問題(エコ)に関心があり節約志向(エコ)で無駄を嫌う傾向があり、折り目正しいという。ここで、無駄を嫌うという行動も情報が溢れるなかのことであって、モノが備えサービスが提供する価値と価格、言い換えれば「値ごろ感」にとても敏感な世代が育っているのだと解釈したい。そうなってくると、箱モノとしての賃貸用住宅を建てればいいはずといった従来の考え方ではいかがなものか。若者向けの事業であるだけに、「差異性」「実利性」「値ごろ(賃料)」というポイントをIT画面にも積極的に披露し情報発信していく必要があるだろう。差し迫った次のプレー日にOさんの顔が晴れ晴れとしているかというとそれは難しそうである。