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「売る力」ノート

≪まえがき≫より
 私の約30年間にわたる野村證券での生活は、一時、人事の仕事をした以外はほとんどの期間、営業の仕事を――その後の10年余は、ジャフコや日本ベンチャーキャピタルで、ベンチャー企業の支援・育成という仕事を――してきました。
 その間に、多くのお客様、先輩、同僚、後輩と接しながら学んだこと、気がついたこと、意識して注意しておきたいことを、『備忘(びぼう)』として大学ノートにメモし、今でも時々見るようにしています。
 そのメモに共通するのは、
 「ビジネスの基本は売る力であり、営業発想だ。そして人生も営業そのものだ」
 というもので、私の正直な気持ちでもあります。 (理事 津田 晃)

 私が、社会人になった頃も今と同じく、大型倒産が続出し、山一證券が生き詰まり、大手証券会社も軒並み赤字となり、大不況という事態に陥っていたのです。その後も、オイルショックによる不況、バブル崩壊不況なども経験しました。

 しかし、これらの不況下でも、売る人はちゃんと売っていましたし、強い組織や企業はしっかり黒字を出していました。
 一方、ベンチャー企業の支援をしていてとくに思うのは、「いい物を作ったから売れて当然だ」とばかりに自信あり気で営業発想の少ない企業が、ことごとく失敗し挫折してしまうということです。「売れてなんぼ」がビジネスの世界なのです。
 このことはベンチャー企業に限らず、すべての企業にもいえます。
 また、売るのは「営業部の仕事だ」とばかりに、「商品が売れる」ということに関して他部署がほとんど無関心な情景を、企業を訪ねるとたびたび見ます。
 お客さまからの電話や来社には丁寧な対応をするのに、お客さま以外の外部の人には無愛想な対応をする社員。でもその外部の方こそ、いつ「潜在顧客」「口コミ顧客」というお客さまに変わるかもしれないのです。
 強い組織や企業は、全社員がいつも、そのことを意識しています。
今、日本は不況の真っ只中にあり、この不況はこれからもしばらくは続くでしょう。
こんな状況を生き抜き、生き残るためには、どんな人や組織も、
「アマで終わるのではなく、営業発想でプロフェッショナルを目指す」
ということが求められます。

この営業発想が、「売る力」を育むことになるのです。
 
 これは簡単ではありませんが、かと言って、そんなに難しいことではありません。
なぜなら、私にさえできたことですから……。そのエキスは本書で紹介します。
少し自慢話をさせて下さい。
 先日、本書を出版するに際して、私を43歳という最年少で役員に登用した当時のトップ・田淵義久元社長に、「私はどういう社員だったのでしょうか」とお聞きしたところ、
 「お前はコツコツタイプの〝営業の鑑″という言葉に尽きるよ」
 と答えてくれました。
その私も、営業に出た最初の頃はなかなか成果のあがらない社員でした。それでも上司は、「一日に100枚の名刺をもらって来い」と言うし、理不尽に感じて真剣に「もう辞めよう」と考え、大学時代のゼミの先生に相談したくらいです。
でも心を次のように入れ替えてから、少しずつ成果が出始めました。
 ・デキが悪いんだから、コツコツと、常に人より多く、トコトン努力してみよう。
 ・自分の周りの人に喜んでもらうことを、絶えず考えよう。
ご覧のように大した心の入れ替えをしたわけではありません。
でもこのことは、単なるハウツーではなく、まさに人生そのものだと思うのです。こういう姿勢で、どんなことにも取り組んでいれば、どこかで誰かが見ているし、応援や指示をしてくれる人が、少しずつ増えてきます。

 本書は、私が20代のころから書き続けてきた『備忘(びぼう)』をもとにまとめあげたものです。
 あなたのビジネスや人生の参考になれば、最高の喜びです。
                   
≪第1章―9≫より
一万円札を「9500円」で売ることは営業ではない
  ビジネスの世界でよく使われる、たとえ話があります。
まだ誰も靴を履く生活をしていない島があり、そこにふたりの靴の営業マンがやってきました。ひとりは「誰も靴を履いていないところだから売るチャンスだ」と考え、もうひとりは「この島では靴など履く習慣がないし、誰も靴など見たこともないのだから売れるはずがない」と考えます。
 どちらがトップ営業マンになる素質を持っているか? という話です。
 きっと多くの人が「売るチャンスだ」と考えた人が営業向きで、トップになれる素質を持っていると判断するはず。しかし、この話はこうも見ることができます。
 「売れるはずがない」と考えた営業マンは、頭の切り替えの早いタイプで、すぐに次の土地へ向かい、より人口が多く、靴を履く習慣のある土地でセールスを始めることができる。一方、「売るチャンスだ」と考えた営業マンは、その島で「靴とはどういうものか」という説明を一から始めなければならず、売れ始めるまでに多くの時間と労力を費やしてしまうかもしれません。
そこにもうひとつ、価格という要素を加えてみます。
 そもそも島には靴がなかったわけですから、島民は適正な価格を知りません。ですから営業マンはある程度、自由に価格を決めて売ることができる。
 逆に、島で靴を売ることに見切りをつけた営業マンは、すでに商品が流通している地域で勝負することに。当然、お客さまは靴の適正な価格も知っていますし、自分なりの値ごろ感も持っています。他社製品との販売競争に勝つためには、値引きに応じなければいけないこともあるでしょう。
 時間をかけ、これまで誰も靴を履いていなかった島で成功すれば、その営業マンはその地区でナンバーワンの座を手に入れることが間違いなくできます。一方、大きな商圏に飛び込み、他社との販売競争のなかで駆け引きをしながら靴を売る営業マンは、間違いなく会社にとって重要な戦力になるでしょう。
 ですから、このたとえ話のふたりの営業マンに優劣はありません。答えがあるとすれば、それは自分なりの「売る力」と「売る知恵」を持って商品とお客さまとの間に立とうとする人だけが、トップセールスに近づく素質があるということです。
 ここに1万円札があったとします。セールスに行って、その1万円札を「9500円で売ります」と言ったらどうでしょう。誰だって買うはずです。何もしないで500円得するのですから。だからこれは「売る」というセールス行為ではありません。
 逆にこの1万円札を「1万500円で売ります」と言って、買う人がいるでしょうか。これは買う人がいないと思います。ただし、ここがミソなのです。誰も買わない1万500円という価値で売るのが営業マンとしての能力で、ここで大きな差がつくからです。売れないモノを売る能力――営業マン自身の魅力や人柄、プレゼンの力などの人間力――が発揮されれば、売れないモノでも売れていくのです。
 私と親しい、ある製造業の社長さんもこんなふうに言っていました。
 「世の中に最高の品質で永久に壊れず、メンテナンスの必要もなく、価格も最も安い商品があれば、営業マンはひとりもいらない。しかし、残念ながらそんな商品は、この世にはないのだ」
 だから重要になるのはサービスや心配り。ここで営業マンの出番となるわけです。


≪第6章―70≫より
商売の基本は行動し、約束を守ること
 プロ社員としての優秀さは何かと考えた時、さまざまな能力があるなかで、私が最初に思い浮かべるのはマメさです。
 一方、才気に溢れ、スマートに仕事をこなしていく姿も人を惹きつけますが、マラソンにも似たビジネス人生をトータルで見た時、成功へつながる最も重要な才能は、やはりマメさなのです。
 それは「ビジネスの基本は何か、売る能力とは何か」ということについて考えていくと、見えてきます。いかに分析力に優れた人間がいたとしても、分析だけでは商売は始まりません。ビジネスは行動しなければ何ひとつ動き出しません。
 同じく、すばらしい企画を出したところで、実践する人がいなければ成功はありえないのです。
 ところが、行動することや考えを実践することはえてして面倒なもので、私たちはついつい頭で考えるだけで、そこに逃げ道を用意してしまいます。
 「いいアイデアだけど、周りを説得するのは大変だね」
 「夜討ち朝駆けで営業をかければ契約が取れそうだけれど、面倒だな」
 「非効率な仕事の進め方を改めたいが、前例を変えていいものかな」
 こうした「面倒くさいの心」を乗り越えられるのが、マメさを持った人のパワーだと思うのです。
 その基本は、次の3つのことをしっかりと実行することです。
 ・どんなに忙しい時も、お客様と一度交わした約束はどんな小さなことでも守る。何時何分の細かな待ち合わせに遅れない。
 ・与えられた課題にはひたむきに取り組み、納期から逃げない。
 ・トラブルの渦中にあっても自分に対する言い訳をせず、失敗の原因を他の誰かに転嫁することをしない。
 スポーツで上手になろうと思ったら、コツコツと練習し続けるしかないように、マメさを持った人は仕事を積み上げ、周囲の信用をゆっくりと獲得していくのです。


          「売る力」ノート かんき出版


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