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2009年産業界の出来事・・・パラダイムの大転換と企業経営・・その2

2009年はパラダイムの転換が明確になった象徴的な年であった。そこで、パラダイム(ある時代に支配的な物の考え方、規範)転換の背景とその企業経営へのインプリケーションを考えてみたい。       (理事 早川成信)

経済の側面から見たパラダイム転換の背景
①ブレトンウッズ体制
  第二次大戦後の世界経済の枠組みは、パックスアメリカーナ(と冷戦構造)に裏打ちされたブレトンウッズ体制であった。IMFによる国際金融システムの安定と固定為替制度、そしてGATTによる自由貿易の保証によって、世界経済は繁栄を謳歌した。各国ともに積極的なインフラ建設と高福祉政策を行い、企業も設備投資や雇用を拡大した。   しかし、60年代終わりごろから、覇権国アメリカが日本・ドイツなどの追い上げとベトナム戦争の泥沼化で息切れし始める。1971年ニクソン・ショックによるドルの金本位制からの離脱と変動為替制度への移行、73年には第四次中東戦争による石油価格の高騰など、世界経済は大きく混乱した。
②市場主義経済  こうした中で登場したのが英サッチャー、米レーガン政権による小さな政府・規制緩和などを柱とする「サプライサイド・エコノミィー」ないし「市場主義経済」体制である。官の関与は出来るだけ少なくし民間活力によって経済発展を遂げようという思想である。行き詰っていた先進諸国の経済は息を吹き返し、1989年には「ベルリンの壁の崩壊」で象徴される冷戦の終幕=資本主義経済体制の勝利が起きた。旧東欧諸国の社会主義体制から資本主義体制への転換が始まり、発展途上にあったアジア諸国を含めて、国内市場開発と安価な労働力の開放が進むことになった。経済のグローバル化である。
③マネーエコノミィー  その後の先進国経済が全く無風であったわけではない。1987年のブラック・マンディ、90年代初頭の日本の株式・土地バブルの崩壊、1997年アジア通貨危機、1998年巨大なヘッジファンドLTCMの破綻、2002年米国でのITバブルの崩壊などが相次いでおこり、その都度、各国の中央銀行は低金利政策と通貨供給量の増加を迫られた。マネーがマグマのように蓄積されていったのである。一方80年代後半ごろから学問の世界でファイナンス理論が高度化し、コンピュータ機能の超高度化と相まって、いわゆる「金融工学」が発展し、さまざまな金融派生商品が開発された。21世紀に入ると、これらが熟成され「金融経済」が「実物経済」をはるかに上回る速度で拡大した。マネーエコノミィーである。つれて、金融産業が巨大なものになり、競争も激化した。「成果報酬制」=「出来高払い」が一般化すると、金融市場でのプレーヤーは、「リスクのつけ回し」によるディール造りに狂騒し、制御不能の状態にまでなってしまった。
④日本における変化  日本の場合は、やや様相を異にする。バブル崩壊後の日本について振り返ってみよう。日本は90年代に入り、国内市場の飽和と低成長(実質GDP 1±α%)が明らかになった。相対的に他国に比べ高い賃金水準と相まって、生産拠点の海外への移転=空洞化がさらに進む一方、国内では「合理化」による生産性向上がさらに追及された。しかし、失われた10年(15年?)の間、給与はほとんど上がらなかった。
90年代後半からわが国でも「成果報酬制度」が取り入れだしたが、「公平」観念の強い日本の風土にはなじまなかった。我が国はマレに見る所得格差が少ない平等社会だが「格差社会」「格差拡大」ととらまえるようになった。また、21世紀に入り、「勝ち組・負け組」とか「黒か白か」とか「改革か抵抗か」のように、物事を極端に峻別する風潮も強まった。日本は本来「墨絵」の国であり、「引き分け」も良しとする国のハズだが、不満が爆発しやすい風潮になってしまったようである。
  また、我が国は先進国の中で最も早く高齢化が進んでいる。一方、低成長・低金利によって利子収入が目減りし、年金運用の限界も明らかになった。さらに、90年代央以降、国・地方の財政赤字が巨大なものになってしまった。国の優先順位をどのようにするかの議論なしで、応益者負担との名のもとに、医療費負担増・介護保険料導入・年金給付の変更など、国民にとって一番大事な「セイフティネット」がほろびだしてしまった。

パラダイム転換を迫ったもの 2008年のリーマンショック・世界金融危機は上記のような状況下でおきた。そして、これまでの20年間の「制度疲労」が明らかになった象徴的な出来事だったと云えよう。
①この間にもたらされた主な弊害(日本はやや異なるが)
(1)完全市場というものは存在しない。時として市場は暴走してしまうものである。とくに過度の「優勝劣敗」主義がはびこると競争が競争を呼び市場をゆがめてしまう。
(2)金融経済が膨張してしまい、バブルが発生しやすくなってしまった。リスクが極限
まで高まってしまった。
(3)人間の欲望には際限がない。過度の利益至上主義に陥り易く、自己利益の追求が優先され、利他主義が衰退してしまう。
(4)規制がなければ何をやっても良い、と考える傾向に拍車がかかった。モラルを喪失し、「拝金主義」が蔓延してしまった。
②世界共通の難題 (1)格差の拡大。90年以降各国ともに所得格差が拡大している。特に米国・英国など金融立国が顕著だが、ドイツ、デンマーク、カナダなどでも同様の傾向となっている。新興国においては先進国とは比べ物にならない位、一握りの富裕層に所得が集中しており、大きな社会問題となっている。
 (2)高齢化。先進国のみならずアジア諸国においても「高齢化」が進んでいる。日本はその「先端国?」だが、2020年には米国・中国でも65歳以上が人口の15%を超え、EUでは20%を超える予想である。年金・医療保険・高齢者介護などが各国の課題となってきた。
 (3)環境・資源制約の深刻化。地球温暖化の影響は現実のものになっている。世界中での異常気象(豪州では2000年ぶりの干ばつ?)、砂漠化の進展(とくに中国)、淡水の減少(現代版水争い?)、北極圏・南極圏の解氷による海水位の上昇など、その対策は一刻も猶予を許さない状況である。さらに石油資源の枯渇、希少金属使用量の増加による価格急上昇など資源制約も深刻である。

新しいパラダイム 2009年の様々な動きから窺い知れる「新しいパラダイム」は以下のようなものであろう。
①市場経済から公共経済(ないし厚生経済)へ・・・所得再配分;格差是正;社会福祉重視の政策へ・・・(事象)民主党のマニュフェスト;オバマ政権の医療保険改革案、中国政府の農村所得向上策/年金・保険改革など。
②自由競争から政治の介入・規制へ・・・(事象)GMの一時国有化;JALの政府主導の救済策;金融機関規制、高額報酬規制の動きなど
③効用重視から環境重視へ・・・(事象)COP15;トヨタのF1撤退;中国の環境対策5カ年計画;再生可能エネルギー開発競争など
④株主至上主義からステイクホルダーとの調和・・・(事象)希薄化を無視した日本企業の大型増資(背に腹は代えられぬ?格好の言い訳?);各国政府の「公正取引監視」の強化
⑤一極体制から多極体制へ・・・(事象)パックスアメリカーナの終焉とEUの拡大;中国の存在感の高まり・・・日本はどこへ行く・・・
⑥先進国から新興国へ・・・(事象)G20体制の定着;BRICs⇒VISTA/MENA;各国企業の新興国投資競争;中国企業のASEAN投資の著増

企業経営へのインプリケーション
  このようなパラダイムの大転換に直面し、企業はどのように対応すべきであろうか。筆者の目には、日本企業の多くが既にその方向に向かっているようにも見えるが、以下のようなものが指摘できよう。
①社会的コストは増大すると覚悟を  ●高福祉&高負担社会の政策が展開されるものと考えられる。それは単に「社会保障料」負担が増えるだけではない。雇用システム・環境規制・製造者責任など企業の責任範囲が広がるものと思われる。
  ●従って、コンプライアンス体制は単に「法令遵守」にとどまらず「法の理念」まで踏み込んだものまで整える必要がある。商慣行についても「昨日正しかったことが今日も正しい」ことにはならない。「風を読む」経営が必要と考える。
  ●ガバナンス体制の強化も必要となろう。国際会計基準の導入も準備しなければならない。実体をともなった内部統制・管理が肝要になる。
  ●これまで以上に「社会的存在としての企業」が求められると思われる。
②事業構造の「範囲」選定がことさら重要に
  ●外に出よう。好むと好まないとに拘わらず、国内市場の成長力は低下せざるを得まい。その際の注意点は(イ)日本拠点との役割分担の明確化、(ロ)各市場でのValue for Moneyを十分にわきまえること。新興国だから「安ければ良い」わけでもなければ、「品質が良ければ高くても良い」わけでもない。
  ●日本企業の最大の挑戦は「国際化できるか」であろう。日本の常識は世界の常識ではないし、日本人がすべてコントロールすることは決して得策ではない。ヒョットすると「本社の日本至上主義」が最大のネックとなるかもしれない。
  ●国内市場では、更なる「選択と集中」が必要となろう。事業ポートフォリオの冷徹な選択である。その際には戦略提携と戦略撤退双方が必要となろう。また、成長領域には多くの企業がこぞって参入する。たとえ成長領域であっても、それがコア事業になりうるか、自社の持つ経営資源で競争に打ち勝てるかの峻別が大事となろう。
  ●リスクへの備えも怠れない。新型インフルエンザのようなパンデミック、地震などの天変地異、テロ(特に今後活動地域が広がるにつれ)、進出国の政策の急変などリスクは高まる一方であろう。ビジネス以外でも情報の収集とコンテンジェンシー・プランを備え持つことが必要な時代になった。
③日本型経営モデルの構築
  80年代は「Japan as No1」、90年代以降は「アングロサクソン・モデル」が主流で日本モデルはどちらかと云えば「古いモデル」「ダメ・モデル」のように扱われてきた。しかし、アングロサクソン・モデルが限界に達した今日、世界は市場原理主義から脱却した新しい経営モデルを構築しようとしている。
  「共生」が根底にあるように推察される「日本型経営モデル」は新しいパラダイムに最も適合しやすいように思われる(当ブログ6月15日・・・GMの破綻に思う)。日本型経営の良さ(特に、安定成長主義・長期持続主義・商品開発の顧客主義・社員の能力主義・貢献主義)を残しながら、国際的な常識を加味した、真の「グローバル型経営モデル」が構築されることを期待して已まない。

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