ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー誌2009年5月号にケンブリッジ大学のPeter Williamson教授と中国アリババ・グループのMing Zeng副総裁の共著による面白い論文 “Value-for-Money Strategies for Recessionary Times”「不況に克つバリュー・フォー・マネー戦略」が掲載されている。ただ、論文を読んでみると、不況期だけではなく、今後の企業戦略として、とるべき方向性を示唆しているようにも思われる。
(理事 早川 成信)
Value-for-Moneyとは「顧客にとっての購入価格vs得られる満足」とも云うべきものであろうか。ユニクロが受けに入っていることや、高級車離れが進み小型車と高燃費車だけが売り上げを伸ばしたり、デパート・スーパーでプライベート・ブランドが伸びているなどの現象は、消費者のValue-for-Money意識の高まりを反映したものと云ってよかろう。
これまでの供給者の論理では、製品の普及率が上がったり、後発企業・海外などから低価格攻勢にさらされると、「高付加価値戦略」と称して、新しい製品やサービスを開発したり、既存の製品やサービスに新機能や新たな特徴を追加したりした。こうすれば顧客はプレミアム料金を支払うものと思い込んでいた。しかし、今やこのような考え方は通じなくなってきた。
価値観の多様化と選択肢の拡大によって、「費用対効果」というハードルは著しく高まった。さらに、中国・インドなど新興国から「既存の製品やサービスと比べると、どこかしら劣っているが、手が届きやすく、かつ使いやすいもの」が大量に入ってきたり、新しい市場を開拓している。
ゲームのルールが変わったのである。供給サイドにとっては、「これまでと同じ金額あるいはより少額で、よりよい製品やサービスの提供する」ことが必要となったことを意味し、イノベーションという言葉の定義も「より優れた性能を、より安く提供する」ためのものという、昔なら「バカバカしい」発想のものに変わってきているのである。
「新商品開発」というイノベーションから、「コスト構造を再構築する革新的な手法開発」というコスト・イノベーションが、より重要になってきたともいえる。
新興国企業の「コスト・イノベーション力」を過小評価してはいけない。かれらは、Value-for-Money戦略のよって、国内の膨大な市場で圧倒的シェアーを得るだけではなく、先進国市場でも着実に存在感を高めている。標記論文で紹介されているものを例示すると・・・
(イ) ハイテク製品を一般市場価格で売り出す・・・最先端技術を導入する場合たいていは、まず少数のセグメントに限定し、その後時間をかけてメイン市場へと移行することによって、技術の生涯価値を最大化させようとする。しかし、新興国企業はマス市場に最先端技術を安価で提供しようとする・・・・
① 中国の比亜迪(BYD)のリチウムイオン電池・・・性能の向上に努める代わりに、安価な代替品を使用、また製造工程の改良も行い、製造コストを40ドルから12ドルに引き下げた。その上で、電池使用分野を携帯電話、玩具、工具などへと拡大させ、圧倒的シェアを獲得。
② インドのREVA電気自動車・・・最高時速50マイルの小型ハッチバック。とにかく安い。
③ 中国の中興医療・・・一世代前の技術をもう一回利用。X線写真をデジタル処理し画像をコンピュータで解析するシステム。GEやフィリップスは複雑な検査可能なフラット・パネル型を製造しているが高い(15万~20万ドル)。中興は大半の病院でのレントゲン撮影分析の需要に応えられる機能だけを備えた装置(2万ドル程度)を開発、圧倒的シェアを獲得。これで稼いだ利益でフラット・パネル型にも進出、フィリップスは中国撤退を余儀なくされた。
(ロ) 豊富な品揃えを提供し、好みに応じてカストマイズする・・・「規模の経済」を追求する先進国企業は、生産ラインの変更コストが高くつき難しいが、人件費が安く、人海戦術が可能な新興国企業は「範囲の経済」でルールを変えてしまった・・・
① 中国のグッド・ベビー・・・ベビーカー、チャイルドシート、ゆりかご、歩行器、子供用自転車、幼児用いすなど1600種類の品目を扱い、同じ価格帯でライバルの4倍の品揃え。中国・ドイツ・イギリス・日本などのR&Dセンターで、1日2つの新製品を開発している。
② インドのユナイテッド・スピリッツ・・・世界指折りのアルコール販売業者。ウィスキー・ジン・ウォッカなど140ブランドのアルコール飲料を取り扱う。ほぼすべての所得層や社会的地位の人々に受け入れられ、国内の小規模小売店で一番目立つ陳列スペースを確保し、同時にそこから競合製品を締め出してしまった。
③ 中国の上海振華港機(ZPMC)・・・港湾クレーンで世界の54%シェアを握る。先端技術の開発を行うのではなく、標準設計を、港湾のレイアウトや作業手順に応じたさまざまなモデルを、すばやく提供してライバルに差をつけている。
(ハ) 高級ニッチ市場をマス市場に変える・・・特別なニーズに応えればプレミアム価格をためらいなき支払う顧客の小さな集合体、この潜在需要を表面化させようという動きが・・・
① 中国の海爾集団・・・米国のワイン・クーラー市場の6割のシェアを獲得
② 中国の江蘇新科電子集団・・・ポータブルDVDプレーヤーに絞った戦略。●それまでポータブルDVDの価格は高かったため需要が抑え込まれていた、●従って安くできれば価値感度の高い顧客を獲得できる余地が大きい●自動車や列車の中で使えるようにした、これによて競合品よりも3~5割安い製品であっという間に3割のシェアを獲得した。
③ インドの携帯電話業者・・・当初は接続料が高かったため一部の人たちの使用にとどまっていたが、価格競争と業界再編によって一般市場となった
さて、先進国企業が新興国企業から自国市場を守ろうとすると、たいていはハイエンド・セグメントに主力分野を移行する。しかし、多くの場合、この戦略はあまり得策ではない。ハイエンド市場は規模が小さいため、マス市場の喪失を埋めきれない。また、新興国企業はマス市場を押さえられればそこの売上だけで固定費がカバーでき、ニッチなハイエンド市場へは変動費だけで攻勢できる。既存勢力はますます劣勢に追い込まれるだけとなる。では、どうすべきであろうか?・・・
① 新興国を低コストの生産拠点としてだけではなく、より重要な、バリュー・チェーン全体を再構築する拠点として位置付ける。
② 海外子会社が開発した製品を自国でも発売する
③ 新興国で活用されているコスト効率の高い手法(例えばマーケティング手法)を自国にも応用し、自国のコスト・イノベーション力を高める契機とする
④ 新興国の大手企業と手を組む。M&Aも一つの選択肢。
⑤ 新興国の成長著しいマス市場に積極的に投資する。かってのような小規模・ハイエンド市場ではなく、主戦場で戦い、これを通じてコスト・イノベーション能力を高めるべきである。